お義父さんが身罷った(みまかった)とき

お義父さんが身罷った(みまかった)とき

 

私はアラカン(還暦前後)ですが、この歳になると、親の死に直面する人が多くなります。

もう二親とも見送った人、まだまだ元気なご両親がいる人、様々ですが、親が子より先に亡くなるのは、順番というものです。

おいちゃんのお父さん、私にとっては義父ですが、8年ほど前の3月初めに病院で穏やかに息を引き取りました。享年88歳。

 

義父は亡くなる数年前から、徐々に認知症の症状が出始めたのですが、妙に鋭いところがありました。

認知症の判定に、100から7ずつ引き算していく、というのがあるそうですが、暗算が得意だったので周りの人より計算が速かったそうです。

 

義父はクリスチャンでした。何もわからなくなる前に洗礼名を確認しておかなくては、とおいちゃんと話し合い、私は車いすに座っている義父に聞きました。

「お父さん、洗礼名は何て言うんですか?」

「洗礼名?なんでそんなことを聞くんだ?」

「え~っと、それは~」

まさか、もうそろそろ危ない…とは言えないし、どうしよう?

「近所の人に言うのか?」

「そう!そうですよ!」

良かった。近所の人にねえ、いい理由だわ。思わずおいちゃんと顔を見合わせました。

「洗礼名!」

おいちゃんとともに聞き逃すまいとかたずを飲んで次の言葉を待ちました。

「う~ん、忘れた」

そういうとお父さんはそのまま寝てしまいました。

おいちゃんはため息をつきました。

「なんだよ」

「どうしようかねえ」

 

クリスチャンと言うのは所属の教会が決まっていて、そこに戸籍のようなものがあるそうです。住所が変わってそこに通えなくなるとその戸籍を新しく通う教会に移すのです。

親戚の叔母さんが言いました。

「義兄さんは、そういうこと全然気にしなかったから、わからなくなったのよね。だけど、調べたから」

おかげで洗礼名も判明して、葬儀にも間に合いました。

 

クリスチャンは、亡くなる直前に神様から生きているときの罪を許してもらえるよう、神父様に祈ってもらうそうです。お義父さんの弟にあたる叔父さんが、神父様を呼んでくれました。

枕もとで神父様は神様に祈りを捧げます。

「今までの罪を神様が許してくださいましたよ」

神父様が言うと、もう昏睡状態のはずのお義父さんは

「ありがとう」

と答えたと言います。

 

ついにお義父さんが天に帰る日が来ました。

この2、3カ月は意識がなかったのですが、亡くなるというのはやはり悲しいもので、フナ子姉さんが泣いているのがわかりました。病室にみんな集まって、当時はまだ元気だったおいちゃんがさくら葬祭さんに連絡をしました。

ほどなくさくら葬祭さんの担当者が到着しました。お義父さんを搬出するので、部屋の入り口近くにいたお姉さん達は外に出ました。部屋の奥にいた私は取り残されてしまいました。ストレッチャーを引いてきた担当者は、私に言いました。

「ご遺体をストレッチャーに移動しますので、奥さん、足持ってください」

えっ、私が?!

この時はまだ死に慣れていなくて、ご遺体は怖い、という認識がありました。ごめんね、お義父さん。内心、どひゃ~!と思いながら、足を持って移動を手伝いました。

 

さくら葬祭では故人の宗教に合わせて担当者を決めるという話で、今回の担当者もカトリック信者だということでした。

 

宗教はカトリック、音楽流れる葬儀は荘厳であり、華やかでした。何よりも故人が長寿を全うした死であったことで、和やかな葬儀になりました。

順番通りなのは、悲しみの中にも慰めがあります。仏教のお通夜に当たる前夜祭のときも、お義父さんの思い出話に花が咲きました。いいお葬式…次はおいちゃんのお母さんか、あるいは私の母のはず。

 

それなのに。

 

おいちゃん。あんた順番破ってその次に逝ってしまった。

 

ルール違反はやめて欲しかったな。