なずな日記

2018.11.22

お前、墓どうする?

お前、墓どうする?

初めに断っておきますが、私は現在のがん治療を否定している訳ではありません。抗がん剤も、放射線治療もしました。しかし、その後の再手術勧告、ホルモン剤治療や、検査は拒否しました。本当に必要なのか?疑問を感じたからです。

だからと言って、標準的な治療を否定するものではありません。がん治療は、患者が自ら考え、主治医の意見を参考にして行うべきだと思っています。

 

さて、私が乳房の異変に気付いたのは、ある夏の朝でした。起きようとして、偶然手を触れたところに、しこりがあるのを感じたのです。大丈夫だと思うけど、ちょっと相談に行ってみようか。と言うことで、行きつけのクリニックに行ったのです。

先生は大変心配して、

「専門病院を紹介しましょう。絶対に行くように。でないと今後、他の患者を紹介できなくなりますからね」

と、ある病院を紹介してくれました。まさか自分がそんな病気だとは思っていませんでしたが、他の患者さんの迷惑になってはならないと、それだけのために検査を受けに行きました。

 

次々に検査を受けましたが、ある日、担当の医師が言いました。

「悪性の可能性があります。次の診察には、家の人と一緒に来てください」

 

ああ、がんなんだ…そう思うと、通い慣れた道のりを、一駅手前で降りてしまったり、反対方向の電車に乗ってしまったりして、なかなか家に帰ることができませんでした。

 

次の診察にはおいちゃんと一緒に行きました。診察が終わって、待合室で待っていると、看護師さんが治療に関する小冊子を私に、手渡しました。

「頑張ってください」

それを聞いて、私は頑張らなきゃいけない病気になってしまったのか…そんなことをぼんやり思いました。

 

それから私は、手術するともしないとも言っていないにもかかわらず、まるでベルトコンベアーに乗ったように手術に向かっていきました。部分切除で大丈夫でしょう、と言う見立てだったので、ひとまずほっとしました。

 

無事手術は終わりました。しかし、その後の病理検査で取り残しがあることが判明しました。

他のがん仲間の病理結果図は、○印ばかりなのに、私のそれは、×印ばかりでした。取り残しのしるしです。すべての断面に取り残しがありました。

「全摘の再手術をします。再発の可能性が高いので、再建は数年後になります」

医師は言います。再建も数年後でないとできないなんて。諦めきれない私は、他の病院にセカンドオピニオンを求めました。しかし、セカンドオピニオンも同じでした。

 

セカンドオピニオンを求めたことを知った主治医は、機嫌を悪くしたようですが、ことは自分の命と体のことです。

そして、セカンドオピニオンも同じく全摘勧告でも、主治医に大きな声で怒鳴られても、私には、手術を受け入れることはできませんでした。

そこで、先に抗がん剤治療をして、その間に心の準備を、と言うことになりました。

 

手術はいずれすることになる。今は時間を稼いでいるだけ。

そう思うと、瞼がピクピク動きました。あまりのストレスで、私はチックを起こしていたのです。

 

「そんなもの、なくたっていいじゃないか」

おいちゃんも言いました。

オバさんの乳房なんて、誰も見たくないだろうし、他人は気にしないでしょう。それに、切除することにそんなに抵抗を感じないという女性も、少なくありません。むしろ、私の様に大騒ぎする患者の方が少ないようです。命の方が大事だから、と。

 

命と○○と、どちらが大切ですか?

 

病気に侵されて切除をしなくてはならない人に、こう言って医療従事者は患者の説得に当たります。

 

私は考えました。

死ぬのはみんなに平等に訪れる。でも、体の一部を切り取るなんて、すべての人がする訳じゃない。だから、どちらが怖いかと言えば、体の一部を切り取ることではないか?

 

それに、手術しなかったからといって、すぐに死ぬと限った訳じゃないし。

 

手術はやめよう。

 

おいちゃんにも、手術はしない、と言いました。

「好きにしろ」

手術しなくていいと思うと、チックは全くなくなりました。

 

次の診察のときに、おいちゃんと一緒に主治医に手術はしないことにした、と言いました。あれほど強硬だった主治医はどういう訳か、あっさり認めてくれました。

 

その後、放射線治療を受けることになるのですが、放射線の先生は

「いいんですか?」

と私に聞きました。全摘を勧められたんでしょう?これじゃ再発必至ですよ。そう言うことでしょう。

パソコンの画面には

「局所再発の可能性が極めて高い」

と言う黄緑色の倍角文字が躍っています。でも、もう決めたのです。怖いものなんて何もありませんでした。

 

ある日、おいちゃんがぽつりと言いました。

「お前、墓どうする?」

「お墓?普通においちゃんの家のお墓に入れてくれればいいわよ」

 

そう、二人とも私の方が先だとばかり思っていたのです。

もし私が、義父や義母より先だったら、墓誌を書く順番はどうなるだろう?おいちゃんはともかく、舅姑より先に、嫁の名前があるというのは僭越ではないか?

 

そんなばかばかしいことを考えていましたが、私はこうやって生き延びています。お母さんより早く亡くなったおいちゃんの名前は、お父さんの次の一行を、お母さんのために空けて彫られました。そしておいちゃんの次に、私の名前が彫られるはずです。おいちゃんの骨壺には名前を書いておいたので、その隣に私の骨壺を入れてくれるように頼んであります。

 

人が、いつまで生きるのかは、まさしく神のみぞ知ることです。

 

私は今年で術後10年になりました。

 

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