突然の別れ

突然の別れ

 

2年前の夏の日、おいちゃん(私は主人をそう呼んでいました)は、かつて同じ税理士事務所で働いていた仲間と一泊旅行に行きました。遠足を心待ちにしている子供のように、その日を指折り数えていたのを覚えています。

当日の11時頃、待ち合わせの時間にはまだ早いのに待ちきれなかったのか、出かけて行きました。

 

「明日の昼は海鮮丼を食べてくるから夕飯はご飯じゃないものね」

 

そんな言葉を残しながら。

 

その日、私は一人の夕食を終え、眠りについたのですが、そのうち電話の音で目が覚めました。しつこく鳴っている…なんだろう、こんな時間に。私は起き上がって、鳴り響く電話の受話器を取りました。

 

「はい」

 

電話してきたのは、旅行に一緒に行ったSさんでした。

 

「畦道さんが、大変なんです!」

 

大変ってどういうことだろう?

 

「どういうことですか?」

 

「風呂場で倒れているのが見つかって…生死の境をさまよっています!!」

 

 

いったいどうしたんだろうと思いましたが、とるものもとりあえず、身支度をしました。また電話が鳴ったので出ると、処置しているという女性医師からでした。

 

「かなり厳しい状態です」

 

「そうですか、分かりました」

 

おいちゃんの先祖の祭壇に行って声をかけました。

 

「おいちゃんを守ってあげて!」

 

 

深夜なので電車もバスもありません。車の運転ができない私は、近くのタクシー乗り場に駆けて行きました。

 

「長距離お願いします。O市立病院まで」

 

時計を見ると、午前1時30分頃でした。厳しいと言っても、大丈夫、きっと助かる。

 

「おいちゃん、こっちだよ、あっちへ行っちゃいけないよ」

 

私は心の中でつぶやきました。

 

千葉県から東京をはさんだ県にあるO市立病院には2時45分ごろ着きました。一緒に行った仲間が、玄関先で待っています。簡単に挨拶して案内された部屋に入ると、看護師がおいちゃんに心臓マッサージをしていました。おいちゃんは目を閉じて、わずかに微笑んでいました。

 

「おいちゃん、こっちに帰っておいで」 

 

私は耳元でささやきました。

電話をくれたらしい女性医師がおいちゃんの近くに立っています。

 

「心臓マッサージをやめると心臓は止まってしまいます。どうしますか?」

 

 どうしますかって…

 

「もういいです」

 

 

心臓マッサージをやめると、心電図が平坦になり、おいちゃんの死亡が確認されました。死因を調べるため別の病院に搬送しなければならないと、そばにいた警官から説明を受けました。

葬儀社の手配が必要となり、おいちゃん父やなずな父が以前お世話になったさくら葬祭さんをお願いすることにしました。何の用意もありませんでしたが、警察官のスマホで電話番号を調べてもらいました。

 

1時間も待ったでしょうか。さくら葬祭からの車が着きました。車が出るまでに、少し時間があったので、車に乗せられたおいちゃんの足裏を、泣きながらシートごしにマッサージしました。毎朝起きるときにしてあげたように。いつもと違うのは、おいちゃんはもう二度と起きないということでした。

 

おいちゃんが行ってしまった後、私はパトカーで駅まで送ってもらい、始発電車に乗って家に帰りました。家に帰るとおいちゃんのお姉さんにおいちゃんの死を伝え、さくら葬祭さんからの連絡を待ちました。

しかしその日においちゃんは帰れず、おいちゃんが帰るのは翌日夕方になりそうだと連絡が入りました。

 

翌日、おいちゃんが帰ってきました。担当者がふすまの向こうでおいちゃんの処置をして、こちらで用意した服を着せていました。駆け付けたおいちゃんのお姉さんも私も、呆然としていました。

ドライアイスをおいちゃんの上において、担当の方は帰って行きました。 

 

おいちゃんのお姉さん二人が尋ねました。

 

「なずなさん、遠慮しないでいいのよ。いた方がいい?それとも帰った方がいい?」

 

「すみません、帰ってください」

 

「ひとりで大丈夫?」

 

「はい」

 

 

一人じゃない。おいちゃんと二人きりになりたかったのです。

冷たいおいちゃんの唇に、何度もキスしました。

 

「おいちゃん、愛してる」

 

 

次の日も、おいちゃんと一緒に過ごしました。おいちゃんの体にはドライアイスが置いてあります。夕方さくら葬祭さんが来て、ドライアイスを取り替えて帰りました。おいちゃんはもうこの世のものではないのです。凍傷必至のドライアイスが必要なんて。

この夜はおいちゃんと同じ部屋に寝ました。寒かった。でもこれが最後。

 

10日はお通夜の日。13時半ごろ、さくら葬祭さんが迎えに来ました。

 

お葬式は、無宗教の音楽葬。シンセサイザーとチェロの演奏。私もですが、おいちゃんは公正証書の遺言を作っていました。おいちゃんの遺言で、葬儀は質素に、とあったので税理士会には伏せていましたが、想定していた倍以上の参列者が来ました。

告別式では、おいちゃんの好きな長谷川きよしの「別れのサンバ」を演奏してもらいました。

おいちゃんの周りに花をいっぱい詰めた後、葬儀の司会者が言いました。

 

「お棺を閉めます」

 

人前だったけど、最後のキスをしました。だって、これで最後。これが最後。

 

おいちゃんが火葬されました。小さな骨壺に入れられ、桐の箱に納められました。

 

「一人で大丈夫?」

 

お姉さんが言ってくれたけど、大丈夫、一人じゃないの。おいちゃんと二人きりでいたい。おいちゃんは私の膝に抱けるような小さな入れ物に入っています。

 

「おいちゃん、おバカさんだねえ。私を残して逝ってしまうなんて」

 

 

結婚して30年にもなるとマンネリでお互い空気のような存在になります。しかも最近おいちゃんは、加齢臭と言うのか、どんどこ臭くなって、なんとなく不潔な気がしていました。たまに消臭剤を吹きかけたりしたものです。

 

「何するんだよ!」

 

「だって、くさいんだもの」

 

そんなことを言い合っていました。今から思うと、何とも平和な日々でした。

 

おいちゃんが荼毘に付されたその日から、私は毎日、おいちゃんの骨壺を抱いていました。おいちゃんの汗のしみついたタオルや、髪の毛や、電気カミソリに残ったひげや、爪切りに残った爪をティッシュに包んでビロードの袋に入れました。今までならば汚いと思っていたものが私の宝物になりました。

 

おいちゃん、愛してる。

空気のような存在と言うけれど、空気がなくなったら、どうなるのか。

享年58歳。若過ぎる死。

 

おいちゃんのお母さんが最近弱ってきた。もうすぐそっちに行くかもしれない。

 

でもね、お母さんのお迎えは、お父さんに任せて欲しいの。おいちゃんにはお母さんのお迎えに来て欲しくないの。私だけのおいちゃんでいて欲しい。

 

おいちゃん、お母さんの迎えはお父さんに任せて、いつの日か分からないけれど、私のお迎えに、来てください。